「絵は始めの三本の線で決定されるものであると云われている。この三つの線は、最初の絵の方向を決するために引かれる幾つかの計画（デッサン）としての描線を指して普通言われているのであるけれど、三本の線とはもつと根本的なものではないかと思つている。それは無形なものなのだ。無い線。どのやうな絵に於ける無数の線も、描写以前の作家の心象に帰納することは不可能なことではなく、この可能とは絵画に対する理解への第一歩を意味している。次いでこの無形の線に於けるモラルを知るだらう。僕の知る写実の意味はこのモラルの把握である。これが僕の建築物に対する不思議な憧憬となつて幾枚かの作品を作つた。正直な自然が、人間の抵抗し得ぬものとなつて建築に現れているからだ。
　並んでいる建物は僕にとつて余り立派なものである必要はない。安つぽい建物でも幾本かの立派な線を必ず持つているものである。そして、貧しくあつても一つでも窓が深い影を持つて開いていたならば、僕はきつと満足するだらう。」（『生命の藝術』第4巻第5号　昭和11年4月号）